2007年5月からブログに掲載した「脳ある狐になりたいよ~」です。今読んでもそのままですね。

猪年 獅子座 血液型B型  デイグラム診断でACボトム型という 全て協調性ゼロを示す それがしのたわごと集?


2005年5月12日より  その(1)

娘の部屋から時折、笑い声が上がっている。ケイタイで話しているわけではなさそうなので(何だろう?)と思っていたら、

そのうち分厚い本を持ってやってきた。

「おかしいよ~。この本には、ママみたいな人になれーって書いてあるんだ。」げらげら笑っている。

アメリカのベストセラー本で、シェリー・アーコフというラジオの司会者が書いた本である。

題名は「ラヴ・ビッチ」
ビッチは蔑称である。「悪い女」「ムカツク女」「人を不快にする女」「性悪女」そんなニュアンスのはず。
「おいおい、それはひどいもの言いじゃありませか。ママは絵にかいたような善良なる専業主婦よ。

これまで警察のお世話になった事ないしーフリンしたことないしー借金したことないしーご近所のどなた様とも、上手にお付き合いしておるぞぉ~。(住んでいるマンションは住人同士のトラブルが多いので有名 (T_T))」

シェリー・アーコフの言う「ビッチな女」とは、しっかりと生きていて、男性を追い掛け回したりしない女のことのようです。

それは若い女性たちにそういう女になれと、勧める本でした。

身も心も貴方のものーとしがみついて、男性を増長させてはならないーと戒める本でした。

「私はママに育てられたから、この本読んで、そんなこと当たり前、何をいまさら…と思って読んだけど、

でも、Amazonで、これがベストセラーになって’目からうろこが落ちました'なんて書評がたくさん寄せられているんだから、

私にとってはそのほうがびっくりなのよねぇ。」

ビッチな女=脳ある狐の女は、男性を喜ばせる一言を知っている。それは「貴方の方が正しい」です。

・・・・・・かくいう私は、99%は主人の言うなりです。
「ヨン様って普通すぎるよね。どこがいいんか、さっぱりわからない。」「そうね。(少なくても貴方よりは魅力的よ)」
「ゴルフで6時に出発と思ったが、5時にした。朝飯早めに用意して」「はい。(休日に貴方一人が遊びに行くのに、

なぜ私が早く起きるのさ)」
「今年の夏休みは、海をやめて、家族で田舎へ帰ろうと思う。」「わかりました。(貴方ひとりで帰ったらどう?)」
「読売新聞飽きたから、朝日に変えて。」「はい、連絡しておきます。(すぐまたスポーツ欄にひかれて読売に戻すんでしょうが)」

4階から飛び降りろ的な事でない限り、主人の言うなり。本当にできない事でない限り、主人の言うとおりにしています。

それって実は、喧嘩するのが面倒くさいから。

喧嘩するのって、かなりエネルギーを使いますからねぇ。

つまんない事に無駄なエネルギーは使いたくない。エネルギーは楽しい事にこそ使いたい。

だから、私にできる事なら、主人の言うとおりにして時間を節約しようという「省エネ精神」なのですら~。
だけど主人は誤解する。「俺様はこの家のボスである。女房は俺様の言いなり。俺様の意見は何でも通る」ってね…。

でもね。
私が本当に~したいと思った時は、相談することもしないで決行するのですよ。

「明後日から、一人で旅行に行ってきます。」一月に1回は、突然、こう言い出します。

主人に嫌も応も言わせない毅然とした態度で宣言するのです。この時の決然とした態度が重要なのよね。

相手に意見を言わせる余裕を与えない気迫が大切。

主人も女房の気迫を感じとり、「ま、いっか。俺様はこの家のボスなんだし、たまには女房に休みぐらいやっても。」渋々、自分を納得せざるを得ないのです。(^m^)

そして、私は吉日を選び(?)、豪華ホテルお一人様二泊三日の旅行にでかけるわけで~す。

長期旅行で留守をすると、荷物が増えるし、留守中の家事も溜まるので、結局二泊三日がお手軽でベストなんです。

宅急便だの保険の勧誘だのとうるさい日常から(たった)3日離れて、好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、思いつくまま食べたり飲んだり。ホテル周辺をプチ観光旅行して疲れたら温泉で手足を伸ばし、思いっきり集中してパソ画を書きなぐり…。

気が向くままに、マイペースでのんびり過ごす…実に健康で小市民的ストレス開放法ですね。

知人から「よく、一人で出かけられるわね。私は主人に気を使って、留守番させての旅行なんてとてもできないわ。」と言われます。それはちょっと違うかな?気を使うからこそ、出かけるわけです。(屁理屈か?)
旅行から帰ると、心機一転。バッテリーは充填しているから、また1ヶ月は機嫌よく主人の言うことに「はい」「はい」と言えるのかもしれません。

新婚の頃、主人の実家では、私が何か言われるたび「はい。」と即効、動くのを見て「新婚の間だけの新妻のぶりっこ。」と思っていたそうです。それが10年20年経っても変わらないのを見て、30年目にとうとう「モト(主人の愛称)のところは、亭主関白なんだな。うらやましいぞ。」と親戚一同の前で言われました。

主人は小鼻をふくらまし「いやぁ、はっはっは~。」(嬉しそうね)

でもね。
私のクローゼットにいつの間のにか毛皮が増え、宝石箱に大粒の指輪が増え、あろうことか輸入禁止になっているはずの×十万のクロコダイルのバッグが鎮座しているのを彼は知りません。

自分が本当に欲しいと思ったものは、相談しないんですものネ~。 <(_ _)>

これまで私は自分ほど我儘勝手はいないだろうと少々、後ろめたく思って暮らしていました。

でもネ。この「ラブヴ・ビッチ」という本では、それが「脳ある狐」の女のやり方として、推奨されていたのです。

娘が大笑いするのも、むべなるかな。
私はちょっと複雑な心境。これからシリーズで、おいおい、書いていきますが、皆様も一度お読みになったらいかがでしょうか?

 

2004年5月19日より   その(2)

彼女は僕になにかを伝えたいからしゃべっているんじゃない。黙っているのに耐えられないからしゃべっているんだ。(シェリー・アーコフ /ビッチな女より)

娘がインドに留学していた頃、ホームシックにならないよう、家族の会話を録音して送ろうと考えた事がありました。

(ビデオがなかったもので)
主人には知らせずに、彼が早く帰宅した日を選んで、録音を開始。

後日、再生して聞いた時、改めて気がついて、びっくりした事がありました。
ま~、よくしゃべってるのよねー誰がぁ?ー主人が…ですよ。
私と言えば「へ~、そうなの。」「ま~、びっくりね。」「あらぁ、そうなの。」簡単な合いの手言葉しか発していませんでした。

食事どきは、当然、主人が好きなテレビ番組をみるわけですが、それって大抵は、スポーツ番組か政治番組です。

当然、私は興味がない。

だから私はテレビを見ているようですが、実は、その目には「何も映ってやしない」…のであります。

頭の中は、まったく別の事を考えているのであります。

スライディングをしている野球選手を見ながら、「こんな人と結婚したら、悲劇だなァ。間違って、ダブルベッドで寝る羽目になったら、最悪だろうな。ベッドは彼側に沈んで寝心地悪いだろうし、冬は布団を剥ぎ取られて、寒いだろうし、夏は夏で暑苦しいだろうし。
こういう人と結婚したら、やっぱり、和式の布団を並べて寝るに限るわね。いやまてよ、既成の布団じゃ足が出そうね。となると、特注の布団になるか。あらら、シーツも上掛け布団も特注か。なんて、不経済なのォ。パジャマもバーゲンでゲットというわけにはいかないのね。
ほうほう、それじゃ、普段着もバーゲンでゲットできないじゃありませんか。つまり、大男と結婚すると、バーゲンをうろつく楽しみがなくなるわけね。そうそう、バーゲンといえば、今年はそろそろ、掃除機を変えたいわねぇ。インターネットでお値打ち品を探してみようかしらん。」…こんな調子で、私の頭の中は、延々と独り言が行われているのです。

そんな時、晩酌でテレビを楽しむ主人が、あれこれ話しかけてくると、頭の隅っこがその音声をキャッチして、テキトーな合いの手言葉が自動応答(?)されているという具合らしい。

録音テープを聞いて、我ながらびっくり。そっか~。

我が家の夫婦の会話とは、こんなものだったのね。(結局、録音テープは送れませんでしたね~。)

朝は出かける支度が終わってから15分ほど。ソファにくつろいでニュースを見るのが主人の習慣です。

ちょっと一息入れてから出陣…という感じなのでしょうか?その時に私はメモを読み上げます。
「火災保険の契約がきれるけど、そのまま継続すべきか」
「今年の年賀状は何枚用意したらいい?」
「大叔父の13回忌には私も参列したほうがいいのか、また香典はいくら用意するの?」
「マンションの臨時集会の出欠はどうするの?」
「お気に入りの干蕎麦がそろそろなくなるんだけど、注文は例年通りの量でいいの」等々。
(つまり、私にとってはどうでもいい事なので、主人の決済にまかそうというわけ。) (^.^)/~~~
いつもの事なので、読み上げる側から、主人が即決即答。ちなみに、後で何かトラブルが起きた時、

「全部、貴方が決めた事なんだから」というので、尻拭いは全部、主人のところに持ち込めますゾ~。

女性は口数の少ないほうが魅力的だね。ミステリアスだから。ひっきりなしにしゃべるなんてのはよくないよ。コミニュケーションで大事なのは量より、質なんだから(シェリー・アーコフ /ビッチな女より)

計算した賢い狐ではないんだけれど、結果としては「ビッチな女」として、勧められる方法を実践していたわけだ!(大笑)

 


2005年5月26日より  その(3)

4月は残酷な月である。(T・S・エリオット)

5月はおにぎりのおいしい季節である。(ぐーたら猫)

ものみな芽吹き、生命の萌え出ずる輝かしい4月は、老人にとっては「老い」を実感させられる季節だから残酷なんだって…。
私にとっての5月は、暑くもなく寒くもなくちょうどいい季節なので、朝起きて天気がいいと、主人を送り出すやいなや、トレッキングへと出かける季節であります。
朝の残りご飯をかき集め、ちょこっとおにぎりを2個ばかり作ります。

主人たち、サラリーマンが乗る都心に向かう電車とは反対方向へむかう、ガラガラに空いた電車に飛び乗ります。

多摩や秩父の山を目指しGo!
最短20分で緑いっぱいの多摩湖狭山湖に到着。

1時間あれば、自然いっぱいの多摩の山中。

もうちょっと時間をかけていいなら、鄙びた秩父山中にも到着できます。

あまりメジャーでない山道を選んで、山登り開始。

片道1時間かけて頂上付近を目指します。

そして頂上付近に到着後、広々とした風景を眺めおろしながら、おにぎりをぱくつく。

空腹は最大の調味料ナリと申しますネ~。天気快晴。空気のおいしいことこの上なし。

歩きつかれて腹ペコで食べるおにぎりは、もちろん最高においしい。例え、塩だけのおにぎりでもネ~。

「いやぁ、今回のゴルフは上天気だったァ。こんなに陽に焼けてしまったよォ。」

主人が自慢たらしく腕を差し出します。

「あらまぁ、一日でも凄く焼けるのね~。」主人はふと、気がついた。

「そう言えば、貴女も陽に焼けているねぇ…?」「あら、そぉ?」

毎日のようにトレッキングに出かけているーという情報は、申告しません。

別に隠しているわけではないのでありますヨ。ただ、聞かれていないので話さないだけ。そして、彼は聞いてきませんし~。


自己申告しない理由:主人が私の行動を、健康的で安上がりの、大変いい趣味と思ってくれるのは、仕事が順調で機嫌のいい時だけだろうと思われるから。
これがひとたび機嫌が悪くなると「オレが必死に働いている間に、女房の奴は能天気に、遊びまわっている。」と考える可能性アリ。だったら、世間知らずのぼけ女房は、家のまわり半径1キロ以内をうろうろしているーと誤解したままでいてくれているほうが、なんぼかマシじゃ~と判断した結果です。

どう誤解されようと、痛くも痒くもない。せいぜい、誤解してくださいな。夫婦の大勢には影響ないでしょうし。

ちなみに私がPCを習っていると主人が知ったのは、習って3年目を過ぎた頃でした。

うっかり言ってしまった。「ビスタ買おうかと思ったんだけど、先生は待てと言うのよね。」

「…先生って?」「パソコン教室の先生よ。」「えぇっ?!パソコン習っていたの?いつから?」「今年で5年めくらいかな?」「…そ、そうなんだ…。」

これ以上根堀り葉掘り聞いてくるような男は嫌いだ。
夫たるもの、こんな時、「パソコン教室の月謝程度なら、やりくりで捻出しているのだろう。」と瞬時に判断し、

「家計簿が赤字でないのなら、それもまたアリ。」と懐の深いところをみせ「お金のかかる趣味でなくて助かった。」と幸運を感謝すべきなのです。(だって考えても見てくださいよ~。ここを突っ込んできたら、私は逆切れしますわよ。主人の1回のゴルフにいったい、いくら、かかっていると思うの~!先月なんか月に3回もでかけましたよね~!)
私は話さない、主人はつっこんでこない。この絶妙のバランスこそが、結婚35年の実績なのかも…。

このブログはほとんどが同年代の女性が読んでいるものと思って書いていますが、たまさか、間違って紛れ込んできた男性がいらしたら是非ぜひ、教えてくださいな。
亭主族が女房に望むものって、「帰宅したら、にっこり笑ってお疲れ様!と迎えてくれる女房」「熱くてたっぷりのお風呂」「おいしい家庭料理」「よく干してお日様の匂いのする布団」のほか、何かありますか?

まさか、女房と角突き合わせて、ディスカッション…なんて、望んでやしませんよね。

もちろん、今日一日なにをしていたかーと、女房から行動を詳しく報告してもらいたいとは思ってやしませんよね。

貴方がた男性が望むのは「なにをしていたか」と話してもらう事ではなくて、「なにをしていたか」と話を聞いてもらう事なんじゃありません?

だったら、こちらとしてはやはり「あらぁ、そうなの」「んまぁ、びっくり」「へ~驚いた」と自動応答するしか、ありませんよね。あしからず~!

脳ある狐は言う必要もない事を聞かれたら、あいまいでありきたりの話をしてごまかす。相手の好奇心をどこまでも満たしてあげる必要はない。もちろん、すべてさらけ出しはしない。一方、尽くす女性は自分の胸のうちをぶちまけ、感情をむき出しにします。彼が少しでも耳を傾けてくれるでしょうか。答えはノーです。彼は彼女から必死さだけを読み取り、その結果、彼女への興味を失います。(シェリー・アーコフ/ラヴ・ビッチより)


2007年6月2日より  その(4)

 

ビッチな女性は、自分の希望を優先させるのに彼の許可を求めたりせず、黙ってそのそうにする。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

家庭とは、カーレースでのピットインのようなものだと思いませんか?
力いっぱい、トラックを走り回っていたレースカーは、ピットインに入るや否や、大急ぎでチューンナップして燃料を補給するや否や、また猛然とレースに戻っていきます。

我が家では、外で力を使い果たした家族は、家に帰ってくると、縦のものも横にしようとはしません。

まさしくピットインしたレースカー状態。

さんざ外で走り回って、疲れきって、へとへとで帰宅。

厳しい世の中ですものね。そりゃ、お疲れでしょうよ。女房の機嫌なんかとっている気力なんぞ、残ってやしませんよね。

そんな閑あったら、少しでも多く寝ていたい…うん。わかる、わかる。

考えてもしょうがない。悩んでもしょうがない。これが我が家の現実ですもの。

だとしたら、とりあえず、要求された勤めははたしましょう。

それが「いつもニコニコ。笑顔で対応」「清潔、整頓、迅速な家庭環境」「ウエルカム、VIPお客様状態」です。

そしてピットインが安全で正常な働きをするためには、そこに働く従業員の為の 「あるレベル以上の労働条件が必要」なのも道理…でしょうね。

というわけで、私が主人に出した要求は以下の如し。
「細かいことに口をだすな。」

「家庭内のことは全ておまかせに」

「運営方式に口を挟まない。」

「金銭管理はまかす」

「私にも休みが必要である。」エトセトラ。

なんのことはない。カカァ天下でございますね。

イソップ童話の「北風と太陽」のお話は私の人生テキストです。

主婦が、帝国ホテルも真っ青という極上家庭サービスを目指せば、その居心地のよさにお客(主人)は感激し、

いいお客で長期滞在したいものだと、ほとんどのことは見てみぬふりでいてくれるものなのです。

恋愛中の若い女性は、彼こそ全てという甘い幻想に陥りやすい。その為、日々の欲求を全て犠牲にして、彼に合わせ、尽くそうとする。すると彼は彼女が自分に尽くしてくれることを知り、彼女への奉仕の手を緩める。彼女はそれを感じ取り、ますます、彼の言いなりになる。女性が彼との関係にしがみつこうとする理由は恐怖です。彼に捨てられてしまうのではという不安です。ビッチな女性は彼を失う恐怖に支配されません。本当に恐ろしいのは自分を失うことだと知っています。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

 


2007年6月9日より  その(5)

 

あなたが彼から自立するほど、彼は貴女に興味を引かれるようになる。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

本当の自立には「経済的自立」が含まれるんですが、とりあえず、ここでは、精神的自立をしましょうという事らしいです。

お互いの全てをさらけ出すのが夫婦の愛情の深さと考える人もいるでしょう。

ところが私もシェリーも、そうは考えませんでした。
最初は奥さんとの結婚を、素晴らしい宝物を手にいれたと喜んだ男性も、慣れてくれば有り難味を失っていくのは自然のなりゆきでしょう。

そんな時「自分のもの」であるはずの女房が、自分を必要としない世界や時間を持っていきいきとしていたら、男性諸君はハンターの本能がうずいてくるようです。プライドも傷つくようです。

ある日「たまには、外で飯を食おうか?」なんて、ホームドラマめいた提案をした主人。

ごめ~ん。今日は家でゆっくり本を読んでいたいのよ…と答えた私。

雨が降ってきそうだし、これから化粧してよそ行き着るのは億劫じゃ~。

第一、恩着せがましい夫婦デートなんて、ごめんこうむりたいワ。

夫婦でいるのは快適な相手だが、面とむかって正装で食事なんて、退屈なだけだしィ~。
脳にいいというクラシックの名曲を聞きながら、美味しいドーナツでもつまみつつ、面白い本を読む…これ以上快適な土曜の夜の過ごし方はないじゃありませんかぁーと思っている私。

「本って何?」

「またまた面白いシリーズ本を見つけちゃったのよ。貴方も読んでみる?」手渡された文庫本の、『鬼平犯科帳』という四文字熟語風の表紙を見せられた主人は、最初は眉をしかめ、次は中をぱらぱらめくって(ウソだろ、俺はこんなものに負けたのか)と、びっくりしたようです。これが5年前のはなし。
機械科出身で大の読書嫌いだった主人ですが、それでも「オレ様の誘いを断ってでも読むーという鬼平犯科帳とはなんぞや」と興味をもったらしく、とりあえず1作目だけーと読み始めました。

それが今では「何か面白い本ない?」と聞いてくる大の読書好きとなりましたけどね~。

それはさておき…。
私は覚えている。主人の友達の多くが、奥さんの更年期障害で家庭が混乱して困っているという話をしていたのを。

夫婦の間に細やかな愛情の交換があれば、多少とも、治まる云々。

家庭を女房任せにした結果がこうなる要因の一つ云々。

近頃、周囲で熟年離婚が、ぼちぼち出始めた云々。

晩酌の合間に時々、そんな話をしていましたね。
主人も50歳すぎて、心配になったんでしょうか。

それで、ある日突然「帰るコール」をするようになり、休日のデートお誘いが始ったんでしょうね。

安易ですね~。
気持ちはわかるが、私にも都合ってものがあるんですよ。

全ての女房族が、「主人の愛情のおこぼれをありがたがる」とは限らないんですがねぇ…。

こうして2ヶ月に1回はデートのお誘いがあり、私が丁重にお断りするーというパターンが、我が家の恒例行事?となっております。いい加減止めればいいのにね。

主人の自己満足なんでしょうね。とリあえず、家庭サービスは忘れていないって…自己満足ですよ。きっと。

わかりやすくって、かえって気の毒。

素直に誠意を感じるようにしております。ちなみに年1、2回はお付き合いで、同行しておりますから。

「どうして彼女はそんなことがしたいんだ。僕の誘いを断ってまで」と常に自分に問い続ける男性は、永遠に貴女に惹かれつづけるわけです。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

あなたがありのままの自分でいる力を持ち続けている限り、彼は貴女を追いかけるでしょう。あなたが自分をコントロールできる女性だと思えば、彼は自然と貴女の好みに配慮し、貴女を喜ばせるにはどうしたらいいか考えるはずです。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

現実と歩調をあわせながら(妻業、主婦業、母親業をそつなくこなしつつ?)、それでも、私の時間の全てを主人に捧げない私。

我ながら「食えないマイペースなのよね」と反省していた(たまによ)けれど、シェリーさんがこれがいいのよとお書きになっている。

そして、それがベストセラーとして、支持されている。

あらまぁ…これでいいんでしょうか?どうも、すみませんね。

やっぱり主人とデートするより、一人でお気楽に、せんべいかじっているほうが、快適なんです。ごめんあそばせ。


2007年6月17日より  その(6)

 

まず、しなければならない事は、エネルギーを注ぐ対象を彼から自分自身に取り戻す事です。

彼以外にも興味のある事を作って下さい。熱心に打ち込める趣味や活動を持った女性の方が、男性はより、心を引かれるものなのです。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

図書館から借りてきた分厚い庭園紹介の写真集をためつすがめつ眺めていると、主人が聞いてきました。

「何読んでいるの?オモシロイの?」

もし20代に戻れるなら、ぜひ、造園業を勉強したかったので…と、うるさそうに言って、また本に集中しようとしたら、主人は得意げに自分が今まで行った事のある各国の名庭園について、語りだした。(うるさいよっ!)

仕事上で知り合った建築業者のエピソードも語りだした。(聞いてないって!)

ついには、地球温暖化について語りだしたぞ~。(誰か主人を黙らせてくれ~)


仕事で疲れて帰った主人は、話し相手になってくれないってーどこの世界のハナシ??
女房が自分の知らない世界をもっているというのは、腹ただしいのかもしれません。ちょっと不安なのかもしれません。

連れ添って35年になるというのに、まだまだ謎の部分が多い私。

(言ってないもの。知っているわけないでしょ。

(聞かれてない事を、わざわざ告げる必要がないと思っている)

(どこでボロがでるか、わかりませんからねぇ~)

 

ミステリアスな雰囲気こそ、ビッチな女のあかしとシェリーは言っているけど、当の主人は、私をミステリアスな女というより、エイリアンと思っているようで。(爆笑)

 


2007年6月27日より  その(7)

 

メディアは年を重ねる事に付いても、間違ったメッセージを発します。

自信に満ちて20代を終えたとたん、メディアは年をとる事への恐怖を植えつけます。

シワが1本できただけで、シーズンが過ぎると半額になる商品のように、女性も値下がりしてしまうとーここから彼女は何を学ぶでしょう。

それは他の誰かの「ノー」にあわせて生きることです。

女性は自分をおさえ、人に尽くすように教える世の中にあって、ビッチな女性は男性を追い掛け回したり、しがみついて、男性を増長させたりしません。
ビッチな女性は自分のルールに従って生き、自信と自由さと強さををもって生きてます。

そしてその「いいかしら、二人の行く先を決めるのはこの私なの。どこで乗るか、どこで降りるかは私の自由よ」というオーラをはなちつつ、常に自分にベストな行動をとり、他にいくところがないからそこにいるという態度は見せません。いつだって、自分の意思でそこにいます。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

つまりね、男性が好きなのは手応えのある女性。

それって、男性にしがみつかない女性を意味しているのよね。知性があるなし以前のハナシですと…。(安心?)
そして、それっていわゆる「気のないそぶり」みたいなものらしい。

あらら…若い時のテクニックが結婚した今でも通用するんですねぇ。

私てっきり、オバハン特有のふてぶてしさかと思っていたけど、こう美辞麗句で書かれると、「気のないそぶり=ホントに気がないそぶりの35年主婦」としては、嬉しいやら??やら。
「あれ?いたの?」みたいな気のないそぶりでお互い生活しているわけですが

「空気のような関係」という解釈をしてきましたが、これがビッチな女のやり方なんて。
但し、気のないそぶりと平行して、亭主族管理から手を抜くと、これは熟年離婚コースまっしぐらになりますからご注意。

お世話は愛情こめてたっぷり。その一方、気のないそぶり。この兼ね合いが微妙なんですよ、たぶん。

前回のコメントに、子育てが終わって、ふーやれやれやっと自由だ…と思ったとたん、ご主人がべったりしてきて、うざったいったらありゃしないーとありましたよね。

あれは実は、ご主人は結婚当初から奥さんに甘えたかったんですよ。

でも、奥さんが、子供に、かかりきりになっている間はじっと我慢していたんですね。
だから奥さんが子育て完了して手が空いたのをみたとたん、ご主人は、やっと本来の自分の欲求(甘えたい、かまってもらいたい)をさらけ出してきたという事なんでしょうね。

そんな時、奥さんがご主人の関知しない自分だけの世界を持って、活き活きテキパキ生活していたら、…そりゃ、あせるわな…。

でもこういうご主人なら、女性の本当の価値をわかっているんじゃないかしら。
やみくもに「女は若けりゃ、何でもいい」という浅薄な価値基準を持っていないという事です。

まぁ、大きな子供がもう1人いると思って、愛情込めて、やさしくお世話してあげましょう。

但し、私の時間(マイペースで遊ぶ時間)は尊重して!介入しないで!という錦の御旗を堂々と掲げるのもお忘れなく!

それと娘が言ってましたが、日本のように、女は若ければ若いほどいい…と珍重する国は珍しいんですと。

中学生、高校生をもてはやし、援助交際云々というおかしな事件が起きる日本だけなんじゃ…?

例えばアメリカなんかでは、高校生=ハイスクールというのは、まだまだ子供あつかいで、女としては未成熟とみなされ、男性からは鼻もひっかけれない時代なんだそうです。

外国では銀髪のおばあさんが、ピンクをきて、赤い口紅をして颯爽としているのをよく見ますね。我々も、「女は終わった」という日本の間違った価値基準に毒されず、シワ1本1本に女としての人生の魅力が濃縮されているんだと胸を張って、正しいビッチな「オンナ道」を邁進しようではありませんか。

 


2007年6月30日より その(8)

 

彼の態度が悪いときはご褒美を与えてはならない。

女性の多くが自分がないがしろにされている時でさえ、男性にせっせとつくすという間違いを犯します。

大切なのはなんでも貴女がやってあげないという事。だまって召使の役をこなしたところで、彼はありがたがってなどくれません。

彼が日ごろ、注いでくれるやさしさへのお返しという形をとって初めて、彼は貴女の奉仕を特別なごほうびと思ってくれるのです。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

これは難しいですよね。だって亭主族はいつだって妻をないがしろにしている。

いい言葉で言えば「空気のように」扱っている。

「よくしてくれるから、よくしてあげる」という考えは、欧米式ギブアンドテイクの考えで、ちょっと抵抗あります。

さすがの私も、そこまで非情に夫婦関係を割り切れません。

誰でもそうでしょうが、新婚の頃は、異常にお互い、気を使い、いたわりあっていました。

今、私は「主人がよくしてくれたから、私もよくしてあげている。」と思っていますが、

主人は主人で「女房がよくしてくれたから、よくしてあげてる。」と思っているのかもしれません。

これってまさしく「卵が先か、鶏が先か」ですよね。
とにかく、35年間、一度も夫婦喧嘩をしたことがないのは、まさしく「相手がよくしてくれるから」とお互い、誤解?しあっているからでしょう。
本当のところは、幼稚園時代、砂場で学習した「いじわるすれば意地悪しかえされる」という鉄則を、二人とも忘れないで生活しているだけなのかもしれません。


2007年7月7日より  その(9)

 

たとえ貴女が有能な弁護士でも関係ありません。

彼の頭がくらくらするような最終弁論をやってのけても意味がないのです。

それが小言である限り、うるさく言われたからと言って、彼はなんら危機感など抱きません。

じっくり考えたり、反省したりもしません。貴女は話し合いをしたい」彼は「話し合いだけはしたくない」-そんな状態で、貴女がなおも言い募れば、彼は問題をすり変えるか、彼の耳は貴女の声をシャットアウトし、文句が終わるまで受信しません。

男性は感情の問題をあれこれ口にだしません。ですから同じ事を二度以上繰り返して言われると、全て文句に聞こえるのです。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

あはは…大笑いですな。まさしく、その通り!
男はいくつになっても、感情的には子供のままです。「遠くへいっちゃ行けませんよ~」と言われた時代から、ママの言いつけを聞かない冒険をしたがり、公園の端まで走っていって、「ここまでなら、ママは許してくれるのかな?」と振り返るパターンを引きずっているようにおもえます。
だから大人になった今は「このくらいなら、女房はOKかな?」と恐る恐るジャブを繰り出してくる。

そんな時、まともに相手するのは、馬鹿げています。確かに…。私は無視します。気がつかない振り。知らない振り。
本当は面倒くさいのよね~。怒ったりイライラするのって、キャラじゃないんですよ。

ぐーたら猫ですから、日の当たる縁側で、ボーッとしていたいのです。

このようにして、現在、結婚35年弱。一度も夫婦喧嘩をしたことがありません。

でもこのままだと亭主族は付け上がりますからね~。
きちんと釘を刺す事も忘れていませんからご安心を。

私の対処法。
それは、晩酌する主人の側らでテレビなんぞ見ている時、さりげなく牽制のジャブを繰り出す方法です。

浮気した亭主を刺し殺した女房云々というニュースをみながらコメント。
「浮気された上に刑務所に入るなんて踏んだり蹴ったり馬鹿げている。私なら、亭主とさっさと別れるだろうなぁ。」

「そんな簡単に別れられないから、事件がおきるんだろ。」

「そうかぁ~?むかつく馬鹿亭主と同じ空気を吸うストレスなんて、私には絶対我慢できそうもないわ。私ならとりあえず、家を出て、委細、弁護士に任せて二度と浮気亭主には会わないわね。」

「どうやって生活していくんだ。めちゃくちゃだ。」

「そう、私って、あと先、考えないの。貴方もわかっているでしょう?性格だからしょうがないわね。ほほほ」

また自殺事件でのコメント。
「自殺することないでしょうに。貴方、もしかして罪を犯して全世界が貴方の敵になっても、自殺だけはしないでね。私は、ずっと貴方の味方だからね。世間から後ろ指さされながら、二人なら、頑張って生きていけるわよぉ~。頑張ろうね。」

さらに別の事件でのコメント。
「我慢という器がいっぱいになったら、ある日ドカーンと爆発するでしょうね。

でもその我慢の器が、今、どのくらいまでたまっているのか、自分にはわからないのよね。もしかすると、爆発寸前なのか、それとも全く空状態なのか。

でも、爆発しちゃったらごめんなさいね…アナタ。我々は離婚ですねぇ。こういう性格の女と結婚してしまった身の不運という事で、諦めてくださいましねぇ。」

また別の事件でのコメント。
「女房と畳は新しいほどいいって言うけど、この長寿社会で、年取った夫のオシモの世話なんぞ、若い嫁さんがやってくれるとは到底思えない。

そこはそれ、連れ添って何十年という古女房だからこそ、ボケた夫のお世話も、苦節何十年というパートナー意識で、やってくれるとうもの。でも貴方の場合、ラッキーよねぇ。私がいる限り、老後の介護には何の心配もないものねぇ。」

35年弱、毎日手を変え品を変え、こういう話を聞かされていた主人が、もし離婚ーと言い出したら、そこはそれ。彼はチャレンジャーなのだ…という事で、私は離婚に応じようと思っております。さぁて、我々夫婦は、今後どうなりますことやら…。乞う、ご期待??

 


2007年7月13日より  その(10)

 

まず、汝自身を愛せよ。そうすれば隣人は汝の側で幸せを感じるだろう。(シェリー・アーコフ作  ラヴ・ビッチより)

この本を勧めてくれた娘が、言うには、「アメリカの女性って根拠のない自信に満ち溢れている人ー多いよのよね~。

貧乏で超デブのくせして、私って世界一魅力的な女なのォ~って、平気でのたもうたりしてるもの。

ママもアメリカ型だよねぇ。…根拠のない自信に満ち溢れているもんね。」…えぇっ?!
「パパを平気で押し切っているもんね。私のやり方に文句あるなら、いつでもおヒマ下さって結構ザマスって、開き直っているのって、どこからきた自信?」…えぇっ?!

いやぁ、人って受け取りかた、さまざまですなぁ。私って誰より謙虚だと思っていました。

私にご不満おありでしたら、いつでも退場いたしますというーこの日本女性そのものの慎ましさ。(爆笑)
どうしてお分かりいただけないんでしょうか。(涙)

あんみつが好きな人もいれば、嫌いな人もいます。

嫌いな人に無理やり食べさせるような真似は、したくありません。

好きな人に食べてもらいたい。ただ、それだけの事です。普通の考え方ですよね。

ケイサツのお世話にならない、社会のルールからはみださない。

ベストとはいえないが、できるだけ誠意をつくして主婦業&妻業を行う。これで文句言われたら、ギブアップして退場するしかないでしょうが…。
こういうのをアメリカ型という?
日本人的潔さというのでは…と?

ただ、わかっている事は、近頃見かける女性の多くが「根拠のない自信のなさ」に犯されているのではないかーということ。

お金持ちで美人で、いい夫、できのいい子供に恵まれて、家事もテキパキこなして仕事もできてという、世間一般的には大層恵まれた人生を送っているにもかかわらず、「根拠のない自信のなさ」で、不安感いっぱいの女性が多くなっているような気がします。

これが日本の女性の平均値だとしたら、女性の社会進出で一般的に女性が強くなったといわれているけれど、本当のところは、日本の女は弱くなったのではないかーと思えてしょうがありません。

この間テレビで誰か言っていたけど、さばさばしている、きっぱりしている、くよくよしないーといった本来「男らしい」と言われる要素は実は、女性本来のものらしいです。
本当のところ、男性とは、くよくよしがち、引きずりがち、おどおど自信がないというようなものを持っているものらしい。

まず汝自身を愛せよ=女よ、自信をもとう。
シェリー・アーコフ女史は、「ラヴ・ビッチ」という過激な本でこれを言いたかったのではないでしょうか?